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②現代語訳11~20

十一番 参議篁さんぎたかむら

わたの原はら
八十島やそしまかけて
漕こぎ出いでぬと

人ひとには告つげよ
あまのつり舟ぶね

~ 歌の意味 ~

大海原の島々を目指して漕ぎだして行ったと、都にいる親しい人に告げてください。漁師の釣り船よ。

本名を小野篁(おののたかむら)。遣唐使の副使に選ばれたのに破損した船に乗せられそうになり喧嘩をしたため、当時の嵯峨天皇の怒りにふれ、2年間隠岐に流されました。後に文才を惜しまれ、都に戻され参議にまで出世しています。
【わたの原】広い大海原。【八十島かけて】「やそ」は「たくさん」を意味。「かけ」は「目指して」という意味。「海人」とは、「漁師」の意味。「釣り舟」を人間に見立てて呼びかける、擬人法を使っています。

十二番 僧正遍昭そうじょうへんじょう

天あまつ風かぜ
雲くものかよひ路ぢ
吹ふきとぢよ

をとめの姿すがた
しばしとどめむ

~ 歌の意味 ~

空を吹く風よ、天に通じる道をふさいでおくれ。天女たちがすぐに帰っていかないように、しばらく引き留めたいから。

俗名を良岑宗貞(よしみねのむねさだ)といい、桓武天皇の皇孫。蔵人頭として仁明天皇に仕えています。六歌仙の一人。出家する前は「深草少将」と呼ばれ、小野小町に恋する男として「大和物語」にも登場しています。
【天津風】とは「空高く、天を吹く風」のこと。「つ」は「沖つ波」などと同じで、「の」と同じ意味の古い格助詞です。【雲の通ひ路】雲の中にある、天上と地上を結んでいる通路のことで、天女がそこを通って天と地を行き交うと考えられていました。【吹き閉ぢよ】閉ざしてしまえ」。【をとめの姿】「をとめ」とは「天女」のことです。この歌は陰暦11月の新嘗祭(にいなめさい)翌日に宮中で披露される「五節の舞」を舞う少女たちのことを歌ったものですが、少女を天女に見立てています。【しばしとどめむ】「しばらく止めておこう」舞う乙女たちがあまりに美しく、いつまでも見ていたいので、天に帰ってしまうのを、しばらくストップさせよう、という意味です。

十三番 陽成院ようぜいいん

つくばねの
峰みねより落おつる
みなの川がは

こひぞつもりて
淵ふちとなりぬる

~ 歌の意味 ~

筑波山の峰から流れ落ちるみなの川ように、私の恋も積もりに積もって淵のように深くなるばかりだ。

清和天皇の皇子で、第57代天皇に10歳で即位しましたが、病のため17歳で譲位しました。勅撰集にはこの歌のみが残されています。
【筑波嶺の】常陸国の筑波山のことです。山頂が男体山と女体山の2つに分かれ、万葉の昔からよく歌に詠まれました。古代には、春と秋に男女が集まって神を祀り、求愛の歌を歌いながら自由な性行為を楽しむ「歌垣」として知られていました。また「つくばね」の「つく」は相手側に「付く」という意味を表します。【男女川(みなのがは)】「水無乃川」とも書きます。男体山、女体山の峰から流れ出る川なのでこう呼ばれます。霞ヶ浦に流れ込みます。【淵となりぬる】恋心がつのっていく様子を表現しています。

十四番 河原左大臣かわらのさだいじん

陸奥みちのくの
しのぶもぢずり
誰たれゆゑに

乱みだれそめにし
われならなくに

~ 歌の意味 ~

陸奥産のしのぶずりの乱れ模様のように私の心が乱れ初めてきたのは、きっとあなたの為に違いありません。

嵯峨天皇の皇子、源融(みなもとのとおる)のことで成長して後、臣籍に下って源氏の姓を受け、左大臣従一位となりました。後に荒れさびて歌の舞台となる京都・賀茂川の河原院を邸宅としていた人物です。
【陸奥】現在の東北地方の太平洋側にあたる東半分を指します。【しのぶもぢずり】「もぢずり」とは、現在の福島県信夫地方で作られていた、乱れ模様の摺り衣(すりごろも)のこと。摺り衣は忍草(しのぶぐさ)の汁を、模様のある石の上にかぶせた布に擦りつけて染める方法で「しのぶずり」などとも言われます。この「しのぶ」は、産地の信夫とも、忍草のことだとも言われます。【誰ゆゑに】誰のせいでそうなったのか、という意味です。【乱れそめにし】 乱れはじめてしまった、という意味。「そめ」は「初め」の意味とともに、「染め」にも引っかけられています。【われならなくに】「私のせいではないのに」という意味で、暗に「あなたのせいよ」という意を秘めています。

十五番 光孝天皇こうこうてんのう

君きみがため
春はるの野のに出いでて
若菜わかなつむ

わが衣手ころもでに
雪ゆきはふりつつ

~ 歌の意味 ~

あなたの為に春の野に出て若菜を摘んでいると、わたしの袖に雪が降りかかってきました。

仁明天皇の第3皇子で、即位前は時康(ときやす)親王でした。陽成(ようぜい)天皇の後、藤原基経(もとつね)に擁立されて即位しましたが、政治判断はすべて基経にまかせていました。関白のはじまりです。
【君がため】の「君」は、誰でしょうね。【若菜摘む】春に生えてきた食用や薬用になる草のことです。「春の七草」かもしれません。昔から、新春に若菜を食べると邪気を払って病気が退散すると考えられており、1月7日に「七草粥」を食べるのはそこから来ています。初春の「若菜摘み」も慣例的な行事でした。 【わが衣手に】は袖の歌語です。

十六番 中納言行平ちゅうなごんゆきひら

立たち別わかれ
いなばの山やまの
峰みねに生おふる

まつとし聞きかば
今いま帰かへり来こむ

~ 歌の意味 ~

あなたと別れて因幡の国へ行くけれども、稲葉山の峰に生える松のように、あなたが「私を待っている」と聞いたなら、すぐにも帰ってまいります。

在原行平(ありわらのゆきひら) 平城天皇の皇子・阿保(あぼ)親王の子で、業平の異母兄にあたります。文徳天皇の御代の850年ごろ、過失をおかして一時期須磨に流されたことがありました。
【たち別れ】行平は855年に因幡の国(現在の鳥取県)の守となりました。その赴任のための別れを表しています。 【いなばの山】因幡の国庁近くにある稲羽山のこと。「往なば(行ってしまったならの意味)」と掛詞になっています。 【生(お)ふる】生える、という意味です。【まつとし聞かば】「まつ」は「松」と「待つ」の掛詞。「聞かば」は仮定を表します。全体では「待っていると聞いたならば」の意味となります。【今帰り来む】「今」は「すぐに」を意味しており、「む」「すぐに帰ってくるよ」という意味です。

十七番 在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん

ちはやぶる
神代かみよもきかず
竜田川たつたがは

からくれなゐに
水みづくくるとは

~ 歌の意味 ~

神代の昔にも聞いたことがない。竜田川の水の流れを真っ赤に染めるなどということは。

平城天皇の皇子・阿保(あぼ)親王の息子で、百人一首の16番に歌がある、中納言行平(ゆきひら)の異母弟でもあります。六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公とされ、小野小町のように「伝説の美男で風流才子」とされました。
【千早(ちはや)ぶる】「神」にかかる枕詞で、激く敏捷にふるまう」という言葉を縮めたものです。【神代(かみよ)もきかず】不思議なことが当たり前に起こった「神々の時代でも聞いたことがない」という意味。 【竜田川】は、紅葉の名所で、現在の奈良県生駒郡斑鳩町竜田にある竜田山のほとりを流れる川のことです。 【からくれなゐに】「鮮やかな紅色」という意味。「から」は「韓の国」や「唐土(もろこし)」を意味する言葉で、「韓や唐土から渡ってきた素晴らしい品」を表します。【水くくるとは】「くくる」は「絞り染め」にするという意味です。竜田川が水を括り染めにしてしまうとは」という意味で、紅葉が川一面を真っ赤にして流れていることを、竜田川が川の水を絞り染めにしてしまった、と見立てます。

十八番 藤原敏行朝臣ふじわらのとしゆきあそん

住すみの江えの
岸きしによる波なみ
よるさへや

夢ゆめの通かよひ路ぢ
人ひとめよくらむ

~ 歌の意味 ~

住の江の岸に打ち寄せる波のように(いつもあなたに会いたいのだが、 どうして夜の夢の中でさえ、人目をはばかって会ってはくれないのだろう。

書が上手く、「小野道風(おののとうふう)は空海と並ぶ書家と褒めた」という伝説が残っています。奥さんは在原業平の義理の妹です。
【住の江の】は、摂津国住吉(現在の大阪府大阪市住吉区)の海岸のことです。【岸による波】「よる」は「寄せてくる」という意味です。ここまでが「寄る」と同音の「夜」を導きだす序詞になります。 【夜さへや】は「夜までも」という意味。全体で「(昼間ならともかく)夜までも…するのか」という意味です。 【夢の通ひ路】「夢の中で女性のもとに通っていく道すがら」という意味です。現実の話ではなく、夢の中での話です。 【人目よくらむ】は「他人の見る目」のことです。「よく」は「避ける」という意味。全体で「他人の目を避けてしまうのだろう」という意味になります。

十九番 伊勢いせ

難波潟なにはがた
みじかき葦あしの
ふしの間まも

あはでこの世よを
過すぐしてよとや

~ 歌の意味 ~

難波潟に茂っている’あし’の、短い節と節の間のようなわずかな時間でさえお会いできずに、この世を過していけとおっしゃるのですか。

紀貫之と並び称されることもあった、古今集時代の代表的歌人。伊勢守藤原継蔭の娘。宇多天皇の中宮温子(おんし)に仕えましたが、温子の兄の仲平との恋に破局。その後宇多天皇の皇子を生み、伊勢御息所(みやすどころ)となりました。その後、さらに宇多天皇の皇子・敦慶親王とも結ばれ、女流歌人の中務(なかつかさ)を生んでいます。
【難波潟】今の大阪湾の入り江の部分のこと。 【みじかき芦の】「芦」は水辺に生えるイネ科の植物。【ふしの間も】芦の「節」の短さと、逢う時のほんのわずかな時間、という意味を掛けています。【逢はでこの世を】【過ぐしてよとや】 一生を過ごしてしまえと、あなたは言うのでしょうか、という意味。

二十番 元良親王もとよししんのう

わびぬれば
今いまはた同おなじ
難波なにはなる

みをつくしても
あはむとぞ思おもふ

~ 歌の意味 ~

あなたに会えないで思い悩みながら暮らしている今は、身を捨てたのと同じことです。いっそのこと、あの難波の船の道標として水中に立ててある澪標(みおつくし)のように、この身がどうなってもお会いしたいと思っています。

陽成天皇の第一皇子で風流好色として知られ、大和物語にも登場します。今昔物語には、「いみじき好色にてありければ、世にある女の美麗なりと聞こゆるは、会ひたるにも未だ会はざるにも、常に文を遣るを以て業としける」と書かれるほどでした。京極御息所、すなわち宇多法皇の女御藤原褒子(ほうし)との熱愛が広く噂になりました。
【わびぬれば】想いわずらい悩む」という意味です。【今はた同じ】「今となっては同じことだ」という意味になります。 【難波なる】「難波にある」という意味です。「難波」は現在の大阪府。 【みをつくしても】「澪漂(みおつくし)」と「身を尽くす」の掛詞です。澪漂は海に建てられた船用の標識で、大阪市の市章と同じ形。「身を尽くし」は「身を滅ぼす」という意味です。【逢はむとぞ思ふ】
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