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⑧現代語訳71~80

七十一番 大納言経信だいなごんつねのぶ

夕ゆふされば
門田かどたの稲葉いなば
おとづれて

葦あしのまろやに
秋風あきかぜぞ吹ふく

~ 歌の意味 ~

夕方になると、門の前にある田んぼの稲の葉を揺らし、蘆葺きのそまつなこの住家にも秋風がふいてきた。

源経信 正二位大納言にまで昇進したので、大納言経信とも呼ばれます。詩歌や管弦(楽器の演奏)が得意で、朝廷の礼式や作法などの「有職(ゆうそく)」に関して深い知識を持っていました。
【夕されば】「夕方になると」という意味になります。 【門田(かどた)の稲葉】「門田」は門の真ん前の田圃のこと。家に近くて仕事がしやすく一番大事にされました。 【おとづれて】動詞「おとづる」は「訪れる」という意味もありますが、元々は「声や音を立てる」という意味。 【芦のまろや】「屋根が芦葺きの、粗末な仮住まいの小屋」という意味ですが、源師賢の別荘のことを言っています。 【秋風ぞ吹く】「秋風が吹き渡ってくる」という意味です。

七十二番 祐子内親王家紀伊ゆうしないしんのうけのき

音おとにきく
たかしの浜はまの
あだ波なみは

かけじや袖そでの
ぬれもこそすれ

~ 歌の意味 ~

あの高師の浜の波のように、あなたのプレイボーイだという噂は聞いていますよ。だから泣かされないようにあなたの言葉などは気にかけないようにしましょう。

平経方の娘で、藤原重経の妻。母親は後朱雀天皇の第一皇女・祐子内親王に仕えた小弁(こべん)で、紀伊自らも祐子内親王家に仕えました。紀伊の名前は、藤原重経が紀伊守だったところからきています。
【音に聞く】「音」はここでは「評判」のことで、「噂に名高い」という意味です。 【高師の浜】和泉国の浜です。ここでは「高師」に「高し」を掛けた掛詞とし、「評判が高い」を意味させています。 【あだ波】むなしく寄せ返す波のことですが、ここでは浮気な人の誘い言葉のことを暗に言っています。 【かけじや】「波をかけまい」と「想いをかけまい」の二重の意味を込めています。 【袖のぬれもこそすれ】「袖が濡れる」というのは、涙を流して袖が濡れるという意味があり、恋愛の歌でよく使われます。恋する想いが嵩じて涙を流すということですね。ここでは、波で袖が濡れるのと、涙で袖が濡れることを掛けています。不安を意味します。

七十三番 権中納言匡房ごんちゅうなごんまさふさ

高砂たかさごの
をのへの桜さくら
咲さきにけり

外山とやまのかすみ
立たたずもあらなむ

~ 歌の意味 ~

向こうの山の頂の桜が咲いたな。こっちの山の霞は立たないでほしい。見えなくなっちゃうから。

本名・大江匡房(まさふさ)で、大江匡衡(まさひら)と赤染衛門夫婦のひ孫です。平安時代を代表する学識者で、幼い頃から神童の呼び声高く、菅原道真と比較されました。16歳で文章生となり、後三条天皇らに仕え権中納言まで出世しました。和歌や漢詩の他、「狐媚記」「傀儡子記」「本朝神仙伝」などの奇書も多数残しています。
【高砂の】「高砂」は、「高い山」の意味です。播磨国にある高砂とは違います。 【尾の上の桜】「尾の上」「峰の上」、つまり「山頂」を意味しています。 【咲きにけり】「咲いているなあ!」という詩的な感動を表します。 【外山の霞】「外山」は人里近い低い山のことです。「深山」などに対する言葉です。「霞」は立春の頃にたつ霧のこと。春にたつのを「霞」、秋にたつのを「霧」と呼びます。 【たたずもあらなむ】「立たないでいてくれ」という願いを詠っています。遠くの高山の桜があまり美しいためです。

七十四番 源俊頼朝臣みなもとのとしよりあそん

憂うかりける
人ひとを初瀬はつせの
山やまおろしよ

はげしかれとは
祈いのらぬものを

~ 歌の意味 ~

私につれないあの人の心が少しでも私になびくよう、長谷寺の観音様にお祈りしたのに。

百人一首の71番に選ばれている大納言経信の3男です。雅楽の「ひちりき」を得意とし、堀河天皇の楽人となりましたが、その後和歌の才能も認められ、白河天皇の命で「金葉集」の撰者となりました。和歌は非常に技巧的でしかも情感があり、藤原定家が絶賛しています。その作風は、後世までとても大きな影響を与えました。
【うかりける 人を】「つれないあの人を」という意味です。 【初瀬の山あらしよ】「初瀬」は現在の奈良県櫻井市にあり、平安時代にさかんだった観音信仰で有名な長谷寺があります。「山あらし」は山から吹き下ろしてくる激しい風です。 【はげしかれとは】「もっと激しくなれ」と呼びかけた言い方です。 【祈らぬものを】「祈らなかったのに」という意味です。

七十五番 藤原基俊ふじわらのもととし

契ちぎりおきし
させもが露つゆを
いのちにて

あはれ今年ことしの
秋あきもいぬめり

~ 歌の意味 ~

約束したじゃないの。ヨモギについた露のように心づよいあなたの言葉を信じて、それなのに、ああ、今年の秋も願いがかなわず、行っちゃった。

和歌や漢詩の才能に優れ、名家の出身でしたが、才能を鼻にかけるくせがあったようで官位は従五位上・左衛門佐に止まっています。源俊頼(百人一首74番)のライバルで当時の歌壇の重鎮でした。若い頃の藤原俊成が入門しています。
【契りおきし】「約束しておいた」という意味です。 【させもが露】「させも草」は、平安時代の万能薬だったヨモギのこと。「露」は恵みの露という意味で、作者が息子のことを頼んだ藤原忠通が「まかせておけ」とほのめかしたことを指します。 【命にて】「たのみにして」という意味です。 【あはれ】「ああ」、と感情をこめて洩らす感動詞です。 【秋もいぬめり】「往ぬ」は「過ぎる」で「秋も過ぎ去ってしまうことだろう」という意味です。

七十六番 法性寺入道前関白太政大臣ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん

わたの原はら
こぎ出いでてみれば
久方ひさかたの

雲くもゐにまがふ
沖おきつ白波しらなみ

~ 歌の意味 ~

広い海に船で漕ぎ出してみた。遠くを眺めると、空に浮かぶ雲と、見分けがつかないような白波が立っているじゃないですか。

藤原忠通(ただみち) 摂政関白藤原忠実の息子。若いうちから関白・氏の長者(一族の長のこと。藤原氏の総帥)となり、太政大臣従一位に至りました。詩歌や書にも才能を示し、晩年には出家して、「法性寺殿」と呼ばれました。保元の乱の時には後白河天皇側につき、崇徳上皇・藤原頼長と対立。平清盛らの軍勢が崇徳上皇側を破り、勝利を収めます。
【わたの原】広々とした大海原のこと。 【漕ぎ出でて見れば】「船で漕ぎ出して、見渡してみれば」という意味です。 【久かたの】 【雲居】ここでは雲そのものを意味しています。 【まがふ】「混じり合って見分けがつかなくなる」という意味です。ここでは白い波と白い雲の見分けがつかない、という意味です。 【沖つ白波】 「沖の白波」という意味です。

七十七番 崇徳院すとくいん

瀬せをはやみ
岩いはにせかるる
滝川たきがはの

われても末すゑに
あはむとぞ思おもふ

~ 歌の意味 ~

川の浅瀬で流れが速く、岩に邪魔されて流れが割れてしまっても、私たちはいつかはきっと逢うことができますよね。

鳥羽天皇の第一皇子で、1123年に5歳で天皇の位を譲り受けました。18年の在位の後に近衛天皇に譲位し、鳥羽上皇(本院)に対し新院と呼ばれました。鳥羽上皇の死後、後白河天皇との間で、後の天皇にどちらの皇子を立てるかで対立。戦となります(保元の乱)が破れ、讃岐に流され、45歳で没しました。在位中に藤原顕輔に『詞花和歌集』を編纂させています。
【瀬を早み】「瀬」は川の浅いところのことです。「川の瀬の流れが速いので」という意味です。 【岩にせかるる 滝川の】「せかる」は「堰き止められる」という意味。「滝川」は、急流とか激流という意味です。 【われても末に】「水の流れが2つに分かれる」という意味と「男女が別れる」という意味を掛けています。「2つに分かれてたとしても後々には」という意味になります。 【逢はむとぞ思ふ】「水がまたひとつに合う」のと「別れた男女が再会する」の2つの意味を掛けています。「きっと逢いたいと思っている」という意味です。

七十八番 源兼昌みなもとのかねまさ

淡路島あはぢしま
かよふ千鳥ちどりの
鳴なく声こゑに

幾夜いくよねざめぬ
須磨すまの関守せきもり

~ 歌の意味 ~

淡路島から渡ってくる千鳥の鳴き声で、須磨の関守はいったい幾夜目を覚ましたことだろう。

宇多源氏の系統で、従五位下・皇后宮少進にまで昇った後、出家しました。多くの歌合せに出席して、「兼昌入道」などと称しています。
【淡路島】兵庫県の西南部沖に位置する島です。 【かよふ】「通ってくる」の意味です。 【千鳥】水辺に住む小型の鳥で、群をなして飛びます。 【いく夜寝覚めぬ】いく晩目を覚まさせられたことだろうか、の意味。 【須磨の関守】須磨は、現在の兵庫県神戸市須磨区で、摂津国の歌枕。すでに源兼昌の頃にはなくなっていましたが、かつては関所が置かれていました。関守とは、関所の番人のことです。

七十九番 左京大夫顕輔さきょうのだいぶあきすけ

秋風あきかぜに
たなびく雲くもの
たえ間まより

もれ出いづる月つきの
かげのさやけさ

~ 歌の意味 ~

秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間からもれ出てくる月の光の、何と澄み切った美しさだろう。

本名・藤原顕輔(あきすけ)で、正三位左京太夫にまで昇進しました。勅撰和歌集の「詞華集」の撰者です。父は藤原顕季で摂関家並みの勢いがあり、「六条藤家」として知られています。
【秋風に たなびく】「秋風に吹かれて、横長に伸びてただよう」という意味になります。 【雲の絶え間より】「絶え間」は「とぎれたその間」という意味です。 【もれ出づる月の 影のさやけさ】「こぼれ射してくる」というような意味です。また「影」はこの場合「光」で、「月の影」は「月の光」を意味します。「さやけさ」は「澄みわたってくっきりしていること」という意味になります。

八十番 待賢門院堀河たいけんもんいんのほりかわ

長ながからむ
心こころも知しらず
黒髪くろかみの

乱みだれてけさは
物ものをこそ思おもへ

~ 歌の意味 ~

昨晩あなたは私を抱いて愛してくれましたが、いつまでも変わらずに私を愛してくれるのかしら。そんなことが心配で、この黒髪の乱れのように、私は物思いに沈んでいます。

神祇伯(じんぎはく)・源顕仲の娘で崇徳院の生母、待賢門院(鳥羽院の中宮・璋子(しょうし))に仕えて「堀河」と呼ばれました。息子の崇徳院は天皇在位後政略で退位させられますが、その時に待賢門院も追放され、堀河も一緒に出家しています。
【長からむ心】「末永く変わらない(相手の男の)心」の意味です。 【知らず】「(相手の心を)はかりかねて」というような意味です。 【黒髪の乱れて】「黒髪が寝乱れて」という意味ですが、「心が乱れて」という2重の意味になります。 【今朝は】男女が共に寝た翌朝であることを表しています。 【ものをこそ思へ】???
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