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⑥現代語訳51~60

五十一番 藤原實方朝臣ふじわらのさねかたあそん

かくとだに
えやはいぶきの
さしも草ぐさ

さしも知しらじな
もゆる思おもひを

~ 歌の意味 ~

こんなにもあなたを慕っているのに口に出して言うことさえできず、伊吹山のさしも草のように私の恋心は燃えています。この燃える思いをあなたは知らないでしょうね。

貞信公・忠平のひ孫。宮廷では花形で、清少納言との恋などで有名です。しかし、清涼殿の殿上で藤原行成といさかいを起こし、狼藉の罪で陸奥守に左遷、任地で逝去しました。いさかいの原因は、実方の自信作「桜がり 雨は降り来ぬ 同じくば 濡るとも花の かげに宿らむ」を行成がなじったため、怒って冠をはたき落としたためという伝説があります。
【かくとだに】「かく」は「このように」、「だに」は「~すら」を意味します。「このように(あなたをお慕いしていると)さえも」という意味を示します。 【えやは伊吹の】「やは」は不可能の意味を表します。「えやは~いふ」で「言うことができない」となりますが、「いふ」を「伊吹(いぶき)」と掛ける掛詞になっています。「伊吹山」は、美濃国と近江国の国境にある山です。 【さしも草】ヨモギのことで、お灸に使うもぐさの原料になります。伊吹山の名物です。 【さしもしらじな】「これほどまでとはご存知ないでしょう」という意味です。 【燃ゆる思ひを】そのまま「燃えるようなこの想いを」という意味です。

五十二番 藤原道信朝臣ふじわらのみちのぶあそん

明あけぬれば
暮くるるものとは
知しりながら

なほうらめしき
朝あさぼらけかな

~ 歌の意味 ~

夜が明けあなたとお別れしても、また日が暮れあなたに逢うことができます。それなのにやはりあなたとお別れする夜明けは恨めしいものです。

法住寺太政大臣・藤原為光の3男で、藤原兼家(かねいえ)の養子となり従四位上・左近中将にまで昇進しました。大鏡には「いみじき和歌の上手」とあり、和歌の才能を嘱望されていましたが、22歳の若さで夭折しました。父の為光の死後には「限りあれば今日ぬぎすてつ藤衣 はてなきものは涙なりけり」と悲しみの深さを表す名歌を詠み、賞賛されています。
【明けぬれば】「夜が明けてしまえば」の意味です。【暮るるものとは】「日は必ず暮れて(またあなたと逢える)」の意味です。【知りながら】「(心では)分かっているものの」という意味。 【なほ】「そうは言うものやはり」の意味。【朝ぼらけ】「辺りがほのぼのと明るくなってきた頃」の意味です。

五十三番 右大将道綱母うだいしょうみちつなのはは

嘆なげきつつ
ひとり寝ぬる夜よの
明あくるまは

いかに久ひさしき
ものとかは知しる

~ 歌の意味 ~

嘆きながら一人で寝る夜は、夜が明けるのがどれほど長く感じられるでしょう。そんな気持ちをあなたはご存じないでしょうね。

陸奥守、藤原倫寧(ともやす)の娘。本朝三美人に選ばれるほどの美貌で、天暦8(954)年に藤原兼家の第2に藤原兼家の第2夫人となり藤原道綱を産みました。兼家は浮気性の人だったようで、幸せな時間は短かったようですが、その半生を綴ったのが「蜻蛉(かげろう)日記」です。
【嘆きつつ】何度も嘆いてため息をつく様子を表します。 【ひとり寝る夜】平安時代は男が女性の家に通う通い婚が慣習でしたので、「ひとり寝る夜」というのは、夫の来訪がなく孤独に寝る夜のことです。 【明くる間は】「夜が明けるまでの間は」という意味です。 【いかに久しきものとかは知る】「いかに」は程度がはなはだしいことを表す。全体で「どんなに長いものか知っておられるでしょうか?」という意味になります。

五十四番 儀同三司母ぎどうさんしのはは

忘わすれじの
行ゆく末すゑまでは
かたければ

今日けふをかぎりの
命いのちともがな

~ 歌の意味 ~

「決して忘れない」とあなたは言うけれど、将来まで心変わりをしないことなど難しいでしょう。 いっそのこと、今日死んでしまえばいいのに。

従二位式部卿高階成忠(なりただ)の娘で、名前を貴子(たかこ)と言い、高内侍(こうのないし)とも呼ばれました。中関白藤原道隆の妻となり、儀同三司伊周(これちか)や一条天皇の后・定子を生みました。儀同三司は准大臣のことで、三司(太政大臣・左大臣・右大臣)と儀が同じという意味です。夫の死後、出家しましたが、伊周が失脚したため、晩年は不遇でした。
【忘れじの】「忘れじ」は、「いつまでもあなたを忘れない」という男の言葉です。 【行く末までは】「将来いつまでも変わらないことは」という意味になります。 【難ければ】「難しいので」という意味です。【今日を限りの】「今日を最後に(死ぬ命)」という意味になります。 【命ともがな】「命であればよいなあ」という意味になります。

五十五番 大納言公任だいなごんきんとう

滝たきの音おとは
絶たえて久ひさしく
なりぬれど

名なこそ流ながれて
なほ聞きこえけれ

~ 歌の意味 ~

滝の音が聞こえなくなって、もう久しくなりました。それでもその名声は今でも人づてに聞くことができるのです。

藤原公任 関白太政大臣頼忠の子供で、四条大納言と呼ばれました。非常に博学多才で、作文・和歌・管絃をよくする「三船(さんせん)」の才を兼ね備えていたといわれます。「和漢朗詠集」の編者です。
【滝の音は】滝の流れ落ちる水音は【絶えて久しくなりぬれど】「聞こえなくなって長くたつけれど」という意味を表しています。 【名こそ】「名」は名声や評判のこと。【流れて】 流れ伝わって、という意味を表します。【なほ聞こえけれ】「それでもやはり」。

五十六番 和泉式部いずみしきぶ

あらざらむ
この世よのほかの
思おもひ出でに

今いまひとたびの
逢あふこともがな

~ 歌の意味 ~

死ぬ前に、もう一度あなたに抱かれたいワ!

越前守大江雅致(おおえまさむね)の娘。最初の夫が和泉守・橘道貞だったので、和泉式部の名前で呼ばれるようになりました。このとき生んだ娘が、百人一首にも登場する小式部内侍です。平安時代の代表的歌人で、自分の恋愛遍歴を記した「和泉式部日記」は時代を代表する日記文学となっています。和泉式部は恋多き女性で、道貞と数年後破局した後、為尊(ためたか)親王、その弟・敦道(あつみち)親王と結ばれ、さらに2人の死後、一条天皇の中宮彰子に仕え、藤原保昌(やすまさ)とも結婚します。晩年は消息不明です。
【あらざらむ】「あら」は「生きている」という意味です。「む」がついて「生きていないであろう」という意味になります。 【この世のほかの】「この世」とは「現世」という意味ですので、「この世の外」は現世の外の世界、つまり死後の世界ということになります。 【逢ふこともがな】 「逢ふ」は、男女が逢い一夜を過ごすことで、「もがな」は願望で「~であったらなあ」と、実現が難しい希望を語ります。

五十七番 紫式部むらさきしきぶ

めぐりあひて
見みしやそれとも
分わかぬまに

雲くもがくれにし
夜半よはの月つきかな

~ 歌の意味 ~

え~!もう帰ってしまうの。これじゃ~、すぐに隠れてしまう夜中の月みたいだわ。

文章生(当時の文学研究者)出身の藤原為時の娘。大弐三位の母。夫に先立たれた後、一条天皇の中宮彰子に出仕。その傍ら「源氏物語」五十四帖や「紫式部日記」を記した。
【めぐり逢ひて】月に託して、幼友達と巡り逢ったことを言っています。 【見しやそれとも】見たのが「それ」かどうかも、意味。「それ」は表向きは月のことですが、友達のことを指しています。 【わかぬ間に】見分けがつかないうちに、という意味です。 【雲隠れにし】 月が雲に隠れてしまったことですが、友達が見えなくなってしまったことも含んでいます。 【夜半の月かな】「夜半」は夜中。

五十八番 大貳三位だいにのさんみ

ありま山やま
ゐなの笹原ささはら
風かぜ吹ふけば

いでそよ人ひとを
忘わすれやはする

~ 歌の意味 ~

有間山の猪名というところの笹の葉の原っぱに風が吹くと、そよそよと音がしますが、そうよ、私はあなたのことを忘れられないよ。

紫式部の娘、藤原賢子(かたこ)のこと。母の紫式部同様、一条天皇の中宮彰子に仕え、越後弁(えちごのべん)と呼ばれていた。16歳の時に母は他界、その後藤原兼隆の妻となった。後に後冷泉天皇の乳母(めのと)となり、30代半ばに太宰大弐正三位・高階成章(たかしなのしげあきら)と結婚したので、大弐三位と呼ばれました。
【有馬山】摂津の国・有馬郡ある山です。 【猪名の笹原】有馬山の南東にあたる、摂津の国猪名川に沿った平地。現在の兵庫県尼崎市・伊丹市・川西市あたり。 【いでそよ】「いで」は「いやはや、まったく」などの意味の。「そよ」は笹がたてるさらさらという葉ずれの音を示すとともに「そうよ」だとか「そうなのよ!」などの意味もあります。 【人を忘れやはする】「人」はこの場合、相手の男のこと。どうしてあなた(人)を忘れることができるでしょう、というような意味です。

五十九番 赤染衛門あかぞめえもん

やすらはで
寝ねなましものを
さ夜よ更ふけて

かたぶくまでの
月つきを見みしかな

~ 歌の意味 ~

バカらしいワ!寝てればよかった。月を見ながら夜が明けるまであなたを待っていたのに。

和泉式部と並ぶ才媛と言われ、藤原道長の繁栄を描いた「栄花物語」正編の作者として有力視されています。赤染時用(ときもち)の娘と言われていますが、実の父は平兼盛とも言われます。衛門は父の官名からとられています。文章博士の大江匡衡(まさひら)と結婚し、2人の子供を産みました。曾孫は百人一首73番を作った大江匡房(まさふさ)です。藤原道長の妻・鷹司殿倫子(たかつかさどのりんし)と、その娘の中宮彰子に仕えました。夫の死後は尼僧となり、85歳以上まで生きました。
【やすらはで】「やすらふ」は「ためらう」という意味になります。 【寝なましものを】現実には起こらなかったことを、もし起こればと想像すること。ここでは「もしあなたが来ないことが分かっていたら」「寝てしまっただろうに」と言っています。 【さ夜ふけて】「夜は更けて」という意味。 【傾くまでの】月が西の山に傾くこと。「月が西に沈むまでの」という意味になります。 【月を見しかな】「月を見たことですよ」という意味になります。

六十番 小式部内侍こしきぶのないし

大江山おほえやま
いく野のの道みちの
遠とほければ

まだふみも見みず
天あまの橋立はしだて

~ 歌の意味 ~

大江山を越えて、生野を超えていかなければならない丹後の地は遠すぎて、あの有名な天橋立にも行ったことがない私!そんな遠いところにいる母からの手紙もまだ一度も届いていないのよ。悲しいでしょ!

橘道貞(みちさだ)の娘で、母親は和泉式部(「和泉式部日記」で有名。百人一首56番に収載)。一条天皇の中宮彰子に仕えました。幼少時から才気を謳われ、この歌をめぐる定頼とのエピソードは非常に有名で、多くの説話集に収められています。若くして逝去しました。
【大江山】丹波国(現在の京都府西北部)の山。鬼退治で有名な丹後の大江山とは別。 【いく野の道】生野は、丹波国天田郡(現在の京都府福知山市字生野)にある地名で、丹後へ行くには生野の里を通りました。この「いく野」には「野を行く」の「行く」を掛けています。 【遠ければ】遠いので、という意味です。【まだふみも見ず】「ふみ」に「踏み」と「文(ふみ)」掛詞(かけことば)です。行ったこともないし、母からの手紙もまだ見てはいない、ということを重ねて表しています。 【天の橋立】丹後国与謝郡(現在の京都府宮津市)にある名勝で、日本三景のひとつです。
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